2005 / 4 / 30

別に俺が仕事できるっていうつもりは毛頭ないけど、仕事中にときどきプライベートのことを思った瞬間に"ダメだダメだ"って思っちゃうんだよね。そんな瞬間は貧乏性みたいに"だらけてる"って思っちゃうんだよね。ヨレヨレでもなんとかここまできたのは、「サボっている感」に後ろめたさを感じたからだと思うんだ。

2005 / 4 / 29

バイトの学生が突然辞めた。周辺は何故辞めてしまったのか理由も見つからないでいる。部門別朝礼で若いリーダー社員がその件についてこんなことを言っていた。『辞めてしまった理由は分からないが自分たちの教え方に問題があったかもしれないと思うことが大事だと思う。彼のおかげで我々は成長できているんだと思う。それで次に勤めた人に、もう少しちゃんと接することができるのでは・・・・・・』へぇ〜、なかなか言ってくれるじゃないの。それに答えたパートさんはもっと凄かった。『そう言えば、他の若い人には気軽に声をかけていたけど、彼にはまだ新人で遠慮がちに接していたと思う。仲間のようにはしていなかったかもしれない』 凄いね、あなたたち、そこまで考えられるの。 アンタはエライ!ってこれ、小松政夫。(古式ゆかしきギャグ、いいでしょ、ご同輩!)

2005 / 4 / 28

確かに仕事のできない奴に"もっとがんばれ"と言うと"やってます、がんばってます"と答える。それは、どうも"これが精一杯です"と言っているように聞こえる。なにィ!そんな程度で「精一杯」ということは、自分の能力の限界が自分で分かるっていうこと?うッそー、そんな馬鹿なことあるわけないじゃん。自分の能力の見極めができるほど賢いってこと?ごめんごめん、ちょっと言い過ぎました。だけど、そんなに自分を過小評価して何が楽しい?

2005 / 4 / 27

「仕事のできる人間ほどサボっている感がある。仕事のできない人間ほどやっている感を持つ。」という表現をある本で読んだとき"うまい!"と叫んだ。その通りと納得した。確かに仕事のできない奴ほど"やってます、がんばってます"と言う。なんでそんな程度で"やってます"って胸を張るんだよ。仕事のできる奴に聞くと"まだまだだと思うんです"と真顔で答える。なんでこんなことになっちゃうの?

2005 / 4 / 26

「俺は仕事ができるんだ」と内心思っていると何も受け入れない。「俺はまだまだだ」と思うと受け入れることができる。何かを受け入れたときに人は変わる。進化するということは変わるということと同意語である。素直とは、「まだまだ」と思える人の能力ということになる。

2005 / 4 / 25

"いつ行っても愛想よくないよね、あそこのお店。あれじゃつぶれるよ"と、他人事には手厳しいのが人間。"隣にライバル店ができるからこのままではダメだ、もっと一所懸命ガンバレ!"と、叱咤激励。"がんばってるじゃないですか!"と口には出さないが、顔が物語っている。あれ?さっき、言ってたのは何????????とかく人間は変化を嫌う。一方で変わり映えのしないことを批評する。「私ってなんて調子のいい人間!」ってことに気付いていないことが問題だ。

2005 / 4 / 24

無意識にしているささいな判断、どっちに行くか迷った挙句の果ての大きな判断、それらの集積が今の自分の姿。将棋の駒でも積み上げたかのようなもろい小高い山が、麓でインチキをしたために駒が一個転げ落ちる。あれあれ?ちっぽけな山が崩れ落ちる・・・・・・次の出店が始まるたびに夢を見る。怖い!

2005 / 4 / 23

人生にはジェット機のようなものはない。地道に一歩一歩、のろまの亀と言われても前へ進む方法は本当にこれしかない。昨日まで人並みの努力で「棚からボタ餅」を期待する方が間違いだ・・・・・・と、こんな当たり前のことを思えるようになったのはここ数年。売上も人生もおんなじようなものか。

2005 / 4 / 22

今日の売上は今日作ったのではない。昨日までの仕事ぶりが今日の結果を作っているに違いない。すると、今日の仕事は明日以降の売上を作っていることになる。明日以降???????それはいつなんだよ!我々の仕事は即、数字になっては現われない。たったひとつの動作、たった一瞬の思い入れを昨日も今日もそして明日も一生懸命・・・・・・それしかないか。

2005 / 4 / 21

ひとつひとつの積み重ねが「今」という結果になっていることは知っている。はたして、その「ひとつ」とはもっともっと詳細なものではないか。実は「ひとつ」と思っているそれは、2、30の固まりだったりして。世の中には何ひとつ偶然は無いという語り草も合わせれば、気付かずに罪つくりをしていることも多々あるのではないか?極めて小心なせいもあって、なにやら最近もろもろ考えされられる。

2005 / 4 / 20

朝10時から午後5時、終わればコンパ、1グループ社員5名×5グループ。外部講師を一切入れずたったひとりでやった社員研修。挑戦が一年過ぎた。中味は9割がフィロソフィー研修、しかも10割が稲盛和夫氏の受け売り。すごく勉強になったという社員、それなりに勉強になったという社員、口だけで勉強になったという社員、いろいろいる。 残念でした、俺が一番勉強になったand進歩したという実感、ラッキー!

2005 / 4 / 19

社内の『ほうれんそうメール』に夢に数字を入れて書いてみた。途端に目標に変化している、なんということだ! 以前から怖い、怖いと思っていたことがある。冗談半分でいったこと、ついついうかつに判断してしまったこと、全部真に受けられている。だけどケチな根性が邪魔して『ごめん!』と言えない。誰か、訂正文の書き方を教えてくれないか。

2005 / 4 / 18

ベストは『アウンの呼吸』で仕事ができること。これが一番生産性が高い。つまり気の合う奴との仕事が一番。見知らぬ者同士の集まりである会社という組織で、そうは簡単にいくわけがない。さぁ、飲みに行くか!

2005 / 4 / 17

『仕事の向き不向きを探す』のは理解できる。『好きな仕事を探す』のはイマイチ理解できない。だって、『好き』というのは感覚の問題なのだから、今更探すってどういうこと?・・・・・・・?〈天職発想〉という言葉がある。"あまりやりたい仕事ではなかったし本当はもっと違う仕事がしたかった"と思って仕事をすると、ちょっとした注意からお願い事までなんでもかんでもイヤになる。どうせやらなければならないんだったら自分の仕事を天職と思って働く。すると、その内上達する。するとその内好きになる。みんながイチローじゃないし・・・・・・・・仕事って『好きになるもんだ』と思う。

2005 / 4 / 16

社員面接をしてみると、履歴書にはアルバイト経験が並んでいる。"どうして?"と聞くと『自分の好きな仕事が見つからなくて』ともっともらしいことを言う。だってさ、イチローは遊び盛りの小学校から野球ばっかりしてたっていうからね。だけど僕なんかもそうだけど、普通はね、さして好きでもなかったけどひとつの仕事をずう〜っと続けていたら好きになっちゃた!これが普通、本音じゃないの?

2005 / 4 / 15

最近も面接が続いている。履歴書を見ると職歴が並んでいる。"どうして?"と聞くと『いろいろ経験した方が将来の自分にとっていいのでは』みたいなもっともらしいことを言う。いろいろって言うことはちょっとづつ浅くって言うこと?で、何か分かった?分かってないんじゃないの?分かったつもりでいるんじゃないの?だって、ちょっとづつで分かられたらずう〜っと続けているこっちがかわいそうじゃない。

2005 / 4 / 14

"花まるのみなさんっていつも元気だね"とお褒めの言葉をいただくことが結構ある。時には"うるさい!"とお叱りを受けることもある。大きな声を出せばいいというもんでもないが、腹から声を出し続けると痩せる。声出しだけでエネルギーを燃焼させていることがよくわかる。しかし、これだけではあるところまでしか痩せない。ここから先は『悩む』むこと、『考える』ことだ。

2005 / 4 / 13

"もう少し言い方、あるんじゃないの!" "ほんの10分くらいちょっと手伝ってくれればいいのに10分、だよ!"口にも出さなくてもいいような、ほんとうに本当にささいなこと、これで今日一日のやる気がガラッと違うようだ。『なんでそんなに頭の中が暇なんだ』・・・・・・これ、経営者の論法!

2005 / 4 / 12

昨日、新店、南郷店の地鎮祭が行われた。単なる儀式といってしまえばそれまでのことだが、なかなか身がしまっていい感じだった。いよいよ花まる4店目、ようやく4店目、どちらも正解。今のところ人数が増えてもベクトルが不揃いに向かう気配はない、むしろ逆だ。未熟者の集まり、勿論自分も含めて。だけど気持ちだけでも結構前に進めるもんだ。

2005 / 4 / 11

熟練のパートさんより若い未熟社員、女より男、若者より年輩、新参より古参。良い悪いという意味ではなく後者の方が強い。仕事ができるからとか賢いからとか腕力があるからとか、そういったものではなく職場は無意識に『立場の権力』が働いているように思える。ナリのままでいると強い者が職場を治めるようになってくる。こうなると職場の生産性は本当に上がらない。いつも思う。余計なプライドを投げ捨ててしまえば弱い者に歩み寄っていくことができる。それを優しさというのではないか。弱い者が強い者に歩み寄るような組織であれば、ただのおべんちゃら組織。こうだけはなりたくない。

2005 / 4 / 10

昨日、8店舗8業種経営しているという会社のマネージャークラスの人とお会いした。とんかつ、イタリアン、焼肉・・・・・カッコいい!だけど自分には到底無理、あり得ない。経営者という生き物はどうしても事業意欲が盛んだ。"あれもやりたい、これもできるんじゃないか"自分を抑えるのも結構勇気がいる。だけどこの程度で他人と同じやり方ができるわけないのに・・・・・・思うこと自体がヤバイ!

2005 / 4 / 9

なにしろ夢を語っているときが一番楽しい。たわ言のようにほざいたちょっと気まぐれのホラ。幾年か経て、なんとかその気になってもらおうと思い、やむを得ず出た言葉は昔のホラになっていた。それから年に2度3度同じホラを吹く。昨日、社員研修後のコンパで『夢』の種明かしをした。“これからコンパの度に同じ話しをしてください”と言われてしまった。そんなに何回も話したらもう元に戻れないだろう。どうすんだよ!

2005 / 4 / 8

従食のとき、箸の持ち方にも文句を言う。“なに、その持ち方?よくそれでつかめるな?”なんて口うるさい親父だ俺は!箸の持ち方くらいどうだってことないんだけど・・・・・だけどカッコはよくないよ、日本人なんだし、やがて親になるんだし。じゃんけんするわけじゃないんだからグーはないだろう。

2005 / 4 / 7

休憩時間に従食で寿司を食べる人が多い。寿司屋なんだから当然なんだけど。しかし傍らにジュースを置きながら。えっ、寿司にジュース?どういうこと?お茶じゃないか?従業員にはそう言います。うるさい親父!って言われても。だけど店では売っている。少し後ろめたさがある。できれば食後にして欲しい、そう思う。

2005 / 4 / 6

休憩時間に携帯のメール確認をする・・・・今時珍しくもなんともない光景。しかし、本当にこれでいいのだろうか?アルバイトならまだしも、社員ともなればちょっと違うんじゃないだろうか?勿論、自由時間であることを承知の上で思う。勤務中に少し上の空?働くことって覚悟がいるんじゃないの?

2005 / 4 / 5

『アルバイトの学生にきつく言えばふくれる、やさしくすればナメられる』と社員が言う。なに!ナメられる?それがどうしたの?ナメられたらまずいの?どうして?問題はなに?仕事をがんばってもらうことが目的でしょ。本当は自分のプライドが優先しているんじゃないの?

2005 / 4 / 4

例えば、50過ぎのパートのおばちゃんと20歳そこそこの社員。どっちが強いと言えば、まだまだ未熟な20歳そこそこ。立場がエラいわけでもなんでもないが、どうしても自分の立場を守ろうとする保守本能が、未熟なおにいちゃんに遠慮心が働いてしまう。気持ちはわかる。
だったら、立場の強い者が弱い者に歩み寄ることでいいのではないか。これで始めてうまくいく・・・のではないか。
そして、これを強いと言うのではないか。

2005 / 4 / 3

自分のところもあまり自慢できるレベルにないが、いろんな人を面接していると納得!と思ってしまうこともある。
先日面接をした人の転職理由を聞くと『パートの自分たちは休憩時間も削りながら仕事をしているんですが、社員はたばこを吸って一服しているんです』・・・こんな話し。まア似たような話しはよくあるかもしれない。見えないところでは同じようなことが起きているのかもしれない。しかし、こんな仕事ぶりは嫌いでしょうがない。立場のあるものの方が一生懸命働く、これが当たり前ではないか。我々の職場はひとり仕事なんてたかが知れている。パートアルバイトの人にもがんばってもらわなけりゃならないし、勿論、立派な戦力だ。

2005 / 4 / 2

3月から4月にかけて、正社員からパートアルバイトまで面接が多い。
たったひとりのアルバイトに30分かかることもあれば5分で終わることがある。傍で見ていた社員が言う。『若くて可愛い女の子だと時間が長いですね』・・・・ん?本当?そんなことないでしょ!といっても、もしかしたら50も過ぎて本能がはたらいている・・・んな馬鹿な。結構マジメにやっているのに。

2005 / 4 / 1

花まるを開業して10年を過ぎた。根室で始めた回転寿司が札幌駅ステラプレイスという北海道の玄関口に出店してから何やら少し目立つ存在になっているようだ。
そして夏には、4店舗目が札幌の南郷に開こうとしている。
お褒めをいただくこともあるが、随分お叱りをうけながらここまできた。いかにもヨチヨチだなあと思う。会社はトップそのものと言うが、まあ自分の人生と同じようなもの。これからも起こるであろうトラブルと揺らぐ心模様を、重い腰を上げてようやく更新したHPで、たわ言のようにつぶやいてみようかと・・・・・・しかしまあ気まぐれですから。