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■「店主たわごと」過去ログ > 2006年8〜12月 > 2006年7月 > 2006年6月 > 2006年4〜5月 > 2006年1〜3月 > 2005年10〜12月 > 2005年9月 > 2005年8月 > 2005年7月 > 2005年6月 > 2005年5月 > 2005年4月 |
2005 / 5 / 31
「ほうれんそうメール」とは名ばかりで、ちっとも報告・連絡・相談にならない文書を月に10本以上書く。ほとんどは「考え方」についてである。考え方を文章にするのは非常に難しい。「分かるように分かるように」という思いが強いと、知らず知らずに詳細な表現になる。続けている内に喋ることも詳細になってくる。俺ってなんて理論的なんだろう・・・・・と思っていたら、"なんて理屈っぽい人なんだろう"と思われていた。2005 / 5 / 30
だってね、アンタそれほどのもんじゃないじゃない、そこそこ差し障りのない程度のガンバリで「渦の中心にいる人間」をうらやましがったところで・・・・・・・あんまりしつこいとヒガミに聞こえるよ。 世の中とはおもしろいもので、「人並みの努力」の人ほど他人をうらやましがる。2005 / 5 / 28
稲盛塾長は「誰にも負けない努力をせよ」と言われた。"人は努力、努力と言うが誰にも負けないくらいですよ"と我々塾生に言われる。そんなこと言ったって、だって世の中にはゴマンと人はいるんですよ、これっぽちの会社なんですよ・・・・・・・・・なに言ってもダメ。「誰にも負けない」なんて、なんてヒドい言い方。おかげでどんなにがんばってみたところで自責の念にかられる。2005 / 5 / 27
南25条店の壁面に飾ってある額に「げんき、元気、だってそれしかとりえないんだもん」と書いてある。少し読みづらい「書」になっているのでなかなか気付いてもらえないかもしれない。誰でも一瞬の元気ならできるだろう。しかし、「いつでも」になると滅多にできる人はいない。なぜなら意思が必要だからだ。その意思はどこから出てくるのか? 「お客様を元気にする」というコンセプトに使命感を感じた人だけだろう。2005 / 5 / 26
新入社員の話をしていた。「昔は"こんなキツイ会社に勤めたら殺されるぞ" と親御さんに言われた。今は"よかったなあ、こんな立派な会社に入れて"と言われるようになった。」と京セラの幹部の方が言う。我々からするともの凄く羨ましそうな話に危機感を抱いていたのには結構驚きました。"だって、『こんな立派な会社』って入社してくるということは、安心、安全って思っているということですよ。そんなんで京セラの未来があるわけないですよ"と話された。 そりゃそうだ、安心安全の心理の背景には保身本能があるはずだ。どれほど能力が高かろうとも野武士の集団の方が実際には強いだろう。我々中小企業は得てして無い物ねだりのように大企業をうらやむ。しかし、一人ひとりが部品の駒のように回されている仕事より、たとえ小さな部品からのスタートであっても、その部品そのものがエネルギーを持ち、全体に絡んでいると実感できる仕事の方がやりがいがあるに決まっている。
頑張ってがんばって、人を活かす経営をしなければ!
2005 / 5 / 25
ボクは昔っから『寿司に意思を込めろ!』と言ってきた。ロボットで握った寿司、手で握った寿司、どこが違うのか?どちらがおいしいのか? 形が違うから、空気が入って「しゃり」がほぐれるから、だから手握りの方がおいしい?こんな話を聞いたことがある。焼鳥屋さんで冷凍のつくねをそのまま焼く場合と、一度手でギュッと握ってから焼いた場合では一度手に触れた方が売れるという。つまり「思い」は料理をおいしくするということになる。すべてにおいて意思を込めたときに「言霊」になり、その波動が相手の心を揺るがすのだと思う。
2005 / 5 / 24
「思いは実現する」・・・ビジネスにおいても人生においても成功法則の共通用語のような「思うこと」。実は人間には無限の可能性があるから、先ず《思うこと》が大事です・・・・・・・・ナルホドなるほど、そのとおりだ・・・・・・・よし信じてがんばろう!ときには励ましの言葉になり、ときには救いの言葉になる。
京セラに行ったとき『言霊(ことだま)』という表現に幾度か出くわした。 塾長にはあれほど何度も聞いていたのに、なのに・・・・・・・・・・。すべてのことの始まりは「思う」ことにある、そのことを本当にそう思っているのだろうか?何度も聞いていた「思うこと」の大事さ。『強烈な願望を抱け!』 と従業員には言っておきながらそれは口先だけのことで、その深さ、本質を理解していない、気付くレベルにない。すべての言動に意思を込めなければ『言霊』にはならない。
2005 / 5 / 23
稲盛塾長から教わったフィロソフィーはあまりにも人生を左右した。テープや本、例会等を通して聞き続け、読み続け、勉強し続けてきたら、曖昧で不明瞭な考え方が少しずつ明確になり、いつしかそれが実行動になるようになってきた!・・・・・・・・と思っていた。初めて塾長の本家本元に行ってみた。たくさんの京セラ社員の方と一瞬ではあるが接した。今まで学んだフィロソフィーはいかに知識の領域を抜け出ていないのか、身に染みて感じた。もう一度出直さなければダメかもしれない。上っ面をなぞった程度では・・・・・・・・・・・・2005 / 5 / 22
稲盛塾長の「経営の原点」のひとつに「売上を最大限に、経費を最小限に」という1ヶ条がある。そんな当たり前のことが原点?と知らない人はキョトンとするだろう。"お前な、簡単そうな言葉の奥を知らないだろう"と昨日までエラそうに言ってきた。今は自分が恥ずかしい。5.6年前までは本社だったという京セラ経営研究所は信じられないくらいお粗末で小さかった。どうやってこんな大会社を管理するの?なんで?売上は兆でしょ、上場会社でしょ・・・・・・・・・・・どれほどオレたちは甘いんだ。口先ばっかりだな、お前・・・・・・ってこれ、自分のこと。2005 / 5 / 21
京都の京セラ経営研究所へ行ってきた。京セラ幹部研修に盛和塾塾生として1時間の時間を与えられ、話しをしてきた。会場に着いた途端、手に汗がぐっしょり!普段からハンカチを持つほど上品ではないことをすかさず反省しても時すでに遅し・・・・・・・・と、書いている今また手に汗が?なんということだ。
それでも壇上では以外と落ち着き必死に話しをした。しかしたぶんリキミすぎだっただろう。出来不出来は別にしてとりあえず頑張りました。みんなに冷やかされて、おちょくられて・・・・それでも頑張ったぞ!これからオレを「講師の先生」とお呼びしろ!
明日から何回か、感想を語ってみようと思う。こんな場からですが、平野さん、田上さんありがとうございました。本当に勉強になりました。
2005 / 5 / 17
昔から職業には人気不人気があった。3K業種と言われ嫌われていた時代もあった。「キツイ、キタナイ、キケン」職種は人気がなかった。安全、安定を求める心理は時代がどう変わろうとも普遍の心理なのだろう。しかし、思う。人生は何を持って「価値ある人生」というのだろう。偏見で言うのではない。もし、国家公務員という職業を選択するのであれば、国家を守るという大儀があって「価値ある職業」というのではないか?「安定・安全を提供する職業」を「価値ある職業」、「価値ある人生」というのであって、自分の安定・安全を求めることを価値ある人生とは言わないのではないか?いずれにしても、我々の職業に3Kに似たり寄ったりのイメージがあるのだとすれば、なかなか難しい職業であるということ。しかし、お客様としての世の中は、我々に楽しさという価値をより求めている。ビジネスチャンス多いに有り!ならば、障壁が高くとも登ってみようではないか!
2005 / 5 / 16
学生にとって我々飲食業が不人気なのには、もうひとつ大きな理由がありそうだ。"大学を出てなんで寿司屋なの?"という声を小耳にはさんだ。なるほど・・・・・その感覚、すっかり忘れていた。昔、我々の仕事は水商売と言われさげすまれた。文字どおり水商売出身の僕には意味合いがよくわかる。その頃、両親は人前で息子の職業を言えなかったようだ。幾多の先輩の英知と努力で「外食産業」と呼ばれるまで飲食業は発展した。しかし、職業に貴賎はないとはいうが現実には今も消えてはいない。外食産業の中でも寿司ともなれば学問もいらず、職人の腕一本というイメージなのだろうか?しかし、現実には計数管理はもとよりマーケティングからマネージメントまで高度なものが必要とされ、その元は「心理学」にも及ぶ。そうでもなければ生き残っていけない時代にある。そして大学を出たからできるのでもなんでもない。理論どおりにいけば、世の中は学者が制していることになる。 一方で世の中に、まだそんな感覚があるのだとすれば、寿司マーケットはまだまだ成長できる分野とも言える。根室高校卒業、清水君の戯言でした。
2005 / 5 / 15
学生にとって我々の職種、飲食業は不人気職種だと言う。なぜだろう?仕事がキツイ、給料が安くて休みがない・・・・というイメージか?確かに一理あるだろう。だけど、自分の作った商品をその場でお客様から評価をしてもらえる仕事はそんなに多いだろうか?物販業であれば仕入商品を扱い、商品に思い入れがない。製造業であればエンドユーザーは目の前にいない。我々は自分の作ったものが目の前でお客様に美味しい美味しくない、楽しい楽しくないと評価をされる。こんないいことないではないか。確かに毎日一喜一憂する。だけど、くすんだ目つきで生きるより、毎日が真剣勝負のような生き方ができれば、これ以上のものはない!とオレは思う。2005 / 5 / 14
昨日、初めての企業説明会を行った。随分たくさんの学生さんが花まる来店経験者のようで、"どうしていつもあんなに元気なんですか?"という疑問があったようだ。そしてその仕事ぶりに興味を持ってもらっていたのには、なんかうれしかった。帰りのアンケートには"みなさん元気でその理由がわかりました"という答えが多かった。我々はできるだけ「素の我々」を感じて欲しかった。例えば、これから何かの縁があって入社したとして"なんだ、全然違うじゃないか"となったのではお互いに不幸だ。本音を伝えて嫌われたのであれば、それはそれで仕方のないこと。鰍ヘなまるという会社に興味を持っても持たなくても、これから社会人になることに何かの参考になってもらえれば最低限の成功だったと思う。
