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■「店主たわごと」過去ログ > 2006年8〜12月 > 2006年7月 > 2006年6月 > 2006年4〜5月 > 2006年1〜3月 > 2005年10〜12月 > 2005年9月 > 2005年8月 > 2005年7月 > 2005年6月 > 2005年5月 > 2005年4月 |
2005 / 7 / 31
必要なこと以外はしゃべらない寡黙な男、職業上の知識とフィロソフィー以外にはほとんど興味を示さない・・・・・・と言ってしまえばいかにもカッコいいが実は甘ったれの若造。しかし、包丁を持ち寿司を握ると妙に雰囲気がある。雰囲気だけで周囲に影響させることができる。心は大揺れに揺れながらも何か1本の筋がありそう。今時いるか、こんな若者。"お前な、このまま言葉足らずのままで人を治められると思っているのか!" こんなセリフを何度か僕に言われ続けて、ここ最近頬がコケてきた。こんな若造が新店で億単位の経営の一翼を担う。 "オレ、生まれ変わります"って言ったのはお前だからな、やれ!フジヤ!
2005 / 7 / 30
南郷店の募集の際、花まるに憧れて入社してくるパートアルバイトの人が何人かいる。前職が回転寿司で、その頃は頻繁に花まるを調査していたという人もいれば、"あの元気の中で一緒にやってみたいと思っていました"みたいなことを言う人もいる。 そんな人は当然のことながら最初から姿勢が違う。進歩の度合いも当然違う。 そんな人を見ていて思う。 勿論、仕事にそんな簡単なことはないが、それにしても「花まるの魅力」を感じてもらうことで、慣れない職場で居心地のよくない最初を切り抜けてもらった方がいいように思う。そうでもしなければ、毎日が真剣勝負の我々と、ちょっと気軽にというパートアルバイトで、なかなかこのギャップは埋まらないようだ。2005 / 7 / 29
"近所なのでちょっと働いてみようかな"・・・・・こんな調子で働きにきたパートアルバイトの人にとって、花まるはあまりに忙しくびっくりするようだ。1日、2日で辞めてしまう。考えてみれば当然のことかもしれない。こっちは毎日が真剣勝負!片方はちょっと気軽に。この温度差を埋める方法をとらなければいつまでたっても同じことの繰り返しになってしまう。"働いているスタッフを見てください、なんか一生懸命に見えません?忙しくて大変だろうけど、でもなんかいいところがあるから一生懸命なんだと思うけど"なにかの方法で「花まるの魅力」を感じてもらうことができるんじゃないかな。
2005 / 7 / 28
新店、南郷店の研修のため、既存店で新人のパートアルバイトの人たちはトレーニングしている。それぞれの部署では既存のパートアルバイトが先生になることも多い。"教えるのって難しいですね!"とひとりのパートさんが言う。"教えると返事はするんですけど、返事だけで勝手にやってしまうんですよ" 少し、困ったように言う。そこで私は彼女に告げました。"自分を見てる感じじゃないか?いつもお前はそんな感じじゃないか?" 彼女は言いました。"素直ってハイと言えばいいもんじゃないということが分かりました。" わがまま娘がほんのちょっぴり成長した瞬間。こんなときに僕はうれしくなっちゃいます。がんばれ、マスダ!
2005 / 7 / 27
"ちゃんとアイコンタクトをとれ!"と、それだけ。注意しているのか怒っているのか。そんな形だけ教えたりするからお客様に喜んでもらえるようにならない。何のために「アイコンタクト」をとる必要があるのか???を伝えなければ。お客様から何かを感じ取ろうとするから「アイコンタクト」をとることが必要になってくるのであって、つまり、お客様に喜んでもらおうという人柄が基本にあって決め事の意味があるわけで。それが「アイコンタクトをとる」というおもてなしの基本的な考え方。形だけで済むものなんて無いに等しい。どんな決め事も、あれこれ考えてもどうやってみても、結局、自分自身の人柄を高めなければただの義務感のルール。2005 / 7 / 26
新店、南郷店は8月の初旬にオープンするが、何も販促をしない。チラシも何も入れない。テレビ局からオープン日に生中継の申し込みがあったが丁重にお断りした。ご近所の会社から"花まるの商品券を販促に使って新聞チラシに載せたい"というお話しを頂戴したが、大変有難い話であったがそれも失礼のないようにお断りした。トレーニングはそれなりに重ねてきたが、どうやったところでうまくいかない。新人のパートアルバイトが、予想以上の来客数に対応できる術はない。ましてやイレギュラーに出くわしては対処のしようがない。我々はご近所の方と長いお付き合いをしていただかなければならない。今日を焦って、たくさんの方に批判を買うようなことはできるだけ避けたい、できるだけ。
2005 / 7 / 25
僕は、たとえ従業員でも、会ったその日から簡単に打ち解けて誰とでも親しくできる人はあまり信用しない。自分が極端に人見知りするせいでひがみもあるかもしれないが、だけど人間ってそう簡単なものではないだろう。事実、今まで何人もこんな人に会ってあまりいい思い出がない。商売だっておんなじで、商圏範囲半径1Kか2K程度までの我々の基本的なお客様と長いお付き合いをさせていただこうと思ったら、お上手よりも誠実の方が大事ではないか。勿論、口ほどもなく失礼極まりないことをしでかすこともあるかもしれない、それでもそちらの方を大事にしたい。だいたいが借り物の土地であればその契約期間は10年にも15年にもなる、自前なら半永久。長いお付き合いをしていただかなければ我々は生きていけない。尚更、当然ではないか。2005 / 7 / 24
我々の商売は、ご近所のお客様と長いお付き合いをさせていただく、これが基本のスタンスです。だから、お上手に「おもてなし」をすることよりも、嫌な思いをしないでいただくことの方を大事にしてきたつもり。特別なことはできないが少しずつ私たちを分かっていただけるようにしてきたつもり。1年、2年と経過してご近所に受け入れていただけるように、そんな思いです。結局のところ商売って、「人柄を売っている」みたいなものかもしれません。2005 / 7 / 23
《人柄がにじみ出る》とは簡単に言ってはみたが、そう簡単なことではない。だって人柄とは「あなた自身」そのものだから。言いようによっては、意地悪なあなたなら「意地悪な人柄がにじみ出る」ことになる。自分勝手なあなたなら「利己的な人柄がにじみ出る」ことになる。要は、自分自身の人柄を高めなければならないということ。2005 / 7 / 22
僕の思う「あるべきおもてなし」は《人柄がにじみ出る》こと。スキルが必要ないなどとオチャラケたことを言っているのではない。そうではなくて、ニコッとした笑顔に楽しさの人柄がにじみ出る、"すいません"というお詫びの言葉にいたたまれないほどの人柄がにじみ出る、"ありがとうございました"というお礼の言葉にうれしさの人柄がにじみ出る、こんな「おもてなし」が一番素晴らしいと思っている。2005 / 7 / 21
新店、南郷店の研修のため、既存店で新人のパートアルバイトの人たちはトレーニングしている。例えばホールの中でも重要なポジションがある。そうすると、オープンまで時間もないせいもあるが、ちょっと慣れた仕事のできそうな人をその重要なポジションにつけようとする。しかし、僕ならちょっと違う。不器用そうでも一生懸命な人をつける。いつもこう思う。勿論、お客様からクレームをもらいたくはない。しかし、感情の入らない流れ作業、作っただけの愛想笑顔は、これから長いお付き合いをするお客様から信頼してもらえないのではないか。そして、それは「おもてなし」に限らず、商品や店づくりに有形無形で現れる、そう思う。だから、まずはお上手であることより誠実であることを大事にしたい。
2005 / 7 / 20
新店、南郷店の研修のため、既存店は新人のパートアルバイトでごった返している。その中でもたった3.4日で辞めていってしまう人もいる。どんな職場でも同じであろうが、最初からはなかなか馴染めないものである。それを、たった3.4日で我々を見極めたように"私には合わないようです"と言う。僕は、それが子供を持つ親であればとりわけ思う。もし、貴方の子供が初めて働いた職場で、たった3.4日、3ヶ月や半年で「辞めたい」と言ったらどう対応するのだろう? "そりゃ大変だね、そんなに大変なら辞めた方がいいよ"とでも言うのだろうか?そんなバカなことはないだろう。"何言ってんだ!社会はそんなに甘くはないんだよ"と言って、なんとか激励して送り出すだろう。そうでなければならないだろう・・・・・・・・と、思うが?
2005 / 7 / 16
新店、南郷店のパートアルバイトの人が随時、研修に入っている。どちらかというと「気楽にアルバイト」のような気配を感じる。僕は、たとえパートアルバイトでも「働く」ことの意義を感じてもらおうと思ってしまう。ただ《時間が過ぎる》ような仕事はどうしても気に入らない。何が気に入らないと言ったって、自分の人生ではないか!ムダに時間を消費するということは人生をムダにすることとイコールじゃないか。大げさでもなんでもなくて、時間の積み重ねは人生そのもの。折角、縁あって花まると知り合ったのだから、「ここだから・・・・・・」と言ってもらいたい。2005 / 7 / 15
8月オープン、南郷店のパートアルバイトの面接真っ最中です。ときどき立ち会って聞いてみると、見事に知られていない!"花まるって知っています?""いいえ、知りません" なんと無名なことか。よし!まだまだ、まだまだいけるぞ!我々を知らないマーケット、我々の可能性が広がるマーケットが膨大にある。2005 / 7 / 14
"今日は合コンだから遅くなる"と社員がメールを送っている、奥さんに。我が社には公然と合コンがあるのです。しかし何も後ろめたいことはしていません、本当です。この場を借りて、私が社員の奥さんに弁明しておきます。我々の「合コン」は札幌の2店の社員が集まって行うコンパです。例えば、ステラ店だけの社員のコンパは「ステコン」と言っています。2店合同なので「合コン」と呼んでいます。奥さん!決してやましいコンパをしておりません。やましいどころではありません。酒を飲んでワイワイ楽しんでいるように見えても、実際は部門リーダーの打ち合わせだったりしています。そして、僕が"ちょっと話しがある"と言えば、それまでの騒々しさが水を打ったようにシーンとなります。僕でなくても同じですが、誰かが話しているときは、酒もタバコも会話も禁止になっています。どうです?マジメでしょ!こんな「合コン」聞いたことないでしょ・・・・・・・・・ところで、「合コン」が解散した後は知りません。2005 / 7 / 13
『さんま漁』が始まるこの時期になると、ついつい古き良き時代を振り返ってしまいます。小学生の頃、よ〜く岸壁までもらいにいった。そして本格的棒受網漁が始まると、乗組員だった父親は2.3日毎に沖から帰ってきたように思います。その都度『さんま』を抱えきれないほど持ってきます。食卓は、刺身と焼きもの。5匹くらい一度に焼いてもらって醤油をかける。半生程度なら気にもせずかぶりつく。いやいや、今思い出してもヨダレが出る。皿の中で、醤油と脂が分離している。次の日もおんなじ豪華献立!その次の日になると、お隣さんが"さんま、どうだい?今日のは活きいいよ!"と言って分配してくれる。そうなると、豪華献立に『さんまの佃煮』が加わる。その翌日になると、父親がまた持ってくる・・・・・・この繰り返しが数回続くと、"またかよ!"みたいな生意気な言葉を吐く。さばききれなくなった母親は、ひと塩で冷蔵庫へ、この辺の一般家庭では標準装備の大型冷凍フリーザーへそのまま冷凍さんまに、糠さんまへとストックにかかる・・・・・・・・・・・私の『さんま物語』、思い出せばニヤけてる。
2005 / 7 / 11
父親が漁師だったせいもあって、僕が子供のころは『さんま』は買うものではなかった。母親からでかいバケツや袋を持たされて岸壁にもらいにいった。その辺をうろちょろ歩いていると、"ボク、ほら持ってけ!"と言われて、見ず知らずのおじさんがくれた。子供には持ちきれないほどの量だった。懐かしくて、とっても古き良き時代。 ここ数年の間に、『さんま』はエラく昇格した。『刺身用生さんま』は今や全国区!オレも『さんま』に便乗して全国区へ!なんちゃって。
2005 / 7 / 10
今日から『生さんま』が入荷して、いよいよ花まるの得意、自慢の商品です。まだ『走り』で、通常より1ランク高い231円(税込)ですいません。でも、いつもの『走り』のころよりは脂のりがいいと思います。僕らも毎年、この時期になると "早くさんま揚がらないかなあ"と楽しみになっちゃいます。やっぱり、うまいですよね!本当に。これから日が経つにつれて益々おいしくなりますから、どうぞ召し上がってみてください。2005 / 7 / 9
今のところ『花まる』は順調と言っていいのかもしれない。しかし、いつか必ず回転寿司の寿命は終わる。寿司はなくならないにしても、やがて必ず回転寿司ではない業態が現れ、今の立場を取って代わるときが来る。そんなことを思っては恐怖感に襲われる。なんて意気地なし?・・・・・そりゃ確かに意気地なしだ。だけど、そんな怖さを感じないお前の方がオレにはよっぽど恐ろしさを感じる!2005 / 7 / 8
先日の新卒採用選考会で面白いことを言う学生さんがいた。飲食店のキッチンでアルバイトをしているという。キッチンは社員が1名でアルバイトが数名。なれてくると学生アルバイトである自分たちがほとんどのものを担当するという。要するに、半完成品をアレンジしたレシピの商品がほとんどいうことだ。学生曰く、『どうかと思いますよ。だって私たちの作った料理でお金をもらうんですよ、私がお客さんなら行かないですね。だって、お金払う価値ないじゃないですか!』・・・・・あゝおもしろい!2005 / 7 / 6
情報や知識がたくさんあれば判断するときに悩む。情報・知識も何もないで悩むのとは全然意味が違う。先ずはここからスタート。この悩むことが大事なんだ。悩んだ挙句の判断が、うまくいくこともあり失敗することもあり、トライ&エラーの繰り返し。これで仕事ができるようになっていくんだ。2005 / 7 / 5
本当に思うんだ!仕事ができるようになるためには、判断するための情報を集めることが必要だと。だから、ただ漠然と飯を食うんじゃなく、ただ漠然と寿司を握るんじゃなく、商品でも人の動作でも、なんでもかんでもひとつひとつを真剣に見つめることが必要なんだ。だけど、「見る」じゃないぞ!「観る」だ。つまり、凝視することだ。そういう観察力がまず大事なんだ。そうやって凝視すれば、今までなんとも思っていなかったことにも気付き、情報や知識がいっぱい集まるようになる。それで初めて判断する必要が出てくる。
