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■「店主たわごと」過去ログ > 2006年8〜12月 > 2006年7月 > 2006年6月 > 2006年4〜5月 > 2006年1〜3月 > 2005年10〜12月 > 2005年9月 > 2005年8月 > 2005年7月 > 2005年6月 > 2005年5月 > 2005年4月 |
2005 / 9 / 24
〈何をもってお客様に喜んでもらうか〉という、差別化を大きく含めたコンセプトを基本に店は運営されている。しかし時流とともにコンセプトの具体化は微調整されていかなければならない。つまり、より磨かれていかなければチープになる。それはより鮮明になることでもある。言うは易し。これだけ激しい競争の中で鮮明にすることは「バクチ」のようでもある。確固たる裏付けがある、と思っているのは自分だけだったりして。2005 / 9 / 21
盛和塾全国大会で、経営体験発表をされたひとりの方が非常に印象深く残った。入塾10年前には5,000万ちょぼちょぼの年商が、今期は150億以上になるという。挙句の果てに1,000億が見えると。本当かな?と思いながら聞いていたが、確かに納得する。真理が見えているように感じる。ホラでもなんでもなくて本当に分かっているように感じた。
ついでに、自分との違い、差に気付いたことは非常に大きな収穫だった。
2005 / 9 / 20
盛和塾全国大会で数少ない僕の知り合い塾生と話した。経営者はいつも問題を抱えているもんだ、確かにいつもそうだ。しかし彼は今、ここでは書けないような壮絶な闘いをしているようだ。はたと自分に置き換えてみれば・・・・・・果たして自分に出くわしたとき、果敢に闘えるだろうか?オレのような意気地なしは、「逃げれない」という立場が一番!
2005 / 9 / 19
盛和塾全国大会に行ってきた。年々増える参加者。今年は2,000人近くにも及んだ。塾生の経営体験発表に、塾長は満身を注いでコメントをされる。本当にすごい。発表者の一言一句を絶対逃さない聴き方をされているのが手に取るように分かる。懇親会が始まって空気がなごんだ頃に、塾長はすべてのテーブルにあいさつ回りをされた。
"ありがとう、ありがとう"と言って、勿論我々のテーブルにも来られた。本当にいい顔をされている。決してもうお若くないわけで、さぞかしお疲れであろうに。
塾長、自らが我々に「歩み寄る」。何の得もない、ただのボランティアなのに。
2005 / 9 / 18
"「強い者が弱い者に歩み寄る」とか言いますけど、そんなことしたら相手はすぐその気になっちゃって、こっちがなめられますよ"・・・・・・・ってか?顔に書いてるっつうの。お前のその根性が情けない!そういう奴に限って「立場という権力」で人を動かそうとする。自分の力量に自信がないものだから、「立場という権力」に頼る。
だいたいが、なんでお前の顔をなめんなきゃならないんだよ。
2005 / 9 / 17
お客様最前線情報は、当然直接お客様に接する人が持っている。 それを汲み取る仕組みが不完全なせいで現実にはなかなか上がってこない。不満材料であるお客様最前線情報のその原因は、仲間内に起因していることがほとんどだ。
職場は人柄が発する波長が入り混じっている。そして、いいとか悪いとかという意味ではなく、どうしても「立場」という権力作用がはたらく。"なんでも言っていいって言うけど、そうは言うけどやっぱり言いづらいですよ"、これが本音。
立場という権力が作用しているということを知った上で、「強い者が弱い者に歩み寄る」という懐の深さがどうしても必要・・・・・・・最近の社員研修での実感!
2005 / 9 / 16
僕は1年半くらい前から、「ほうれんそうメール」というタイトルと中味が全然違う社内用文章を書いている。最初はタイトル通りの「報告・相談・連絡」の書式だった。最初の10回くらいまで。段々と長文となり、会社や人としての「考え方」に変わっていった。月に10本くらいを書くのに四苦八苦しながら書いている。テーマに四苦八苦することなどない。中味をどう表現することで分かってもらえるかに悶絶する。浅い知識と学の無さで、しかも元々が不明瞭な考え方なのだから当然といえば当然。それでもなんとか書き続けている。今、点と点だった考え方が線になって繋がってきた。もしかしたら、やがて面になっていけるかな?もっと先には、高さが生まれて、それが自分の深さになっていかないかなあ、と淡い期待も持っている。吐き出すこと=アウトプットの方が絶対いい、と思っている。
2005 / 9 / 15
店はお客様最前線にいる人が、「真実の瞬間」に出くわしている。現場で起きている小さな問題について誰よりも詳細な情報を持っている。そしてその改善点についても、"こうしたらいいのに"、こんな《なんとなく感覚》で思いがあるように思う。この「思い」をどうやって汲み取るかという仕組みはある。あるにはある。しかし、現実には《なんとなく感覚》はその瞬間だけであって、次の作業へ移行していくにつれて消えていく。さあ、どうしよう?
2005 / 9 / 13
不思議なもので、自分の知識、ノウハウを吐き出せば吐き出すほど、また新しい知識、ノウハウが蓄積されてくる。部下に育ってもらわなければという思いが強くなれば、事何かあるごとに教えている自分がいる。すると、喋っている間に、今教えたことと随分前に教えたことのいくつかが絡み合って、少し不明瞭だったことの謎が解ける瞬間がよくある。また引き出しに蓄えができる瞬間。
インプットよりアウトプットが正解!
2005 / 9 / 12
まだ若いが潜在的能力の高い部下がいる・・・・・とする。上司の心理は複雑だ。一生懸命教えて仕事ができるようになってもらいたい、しかし自分の立場も侵される可能性がある・・・・・という心理が無意識にはたらく。例えば、昔からこの世界は、「見て盗め」と言われるようだ。熟練者は、"俺がこれを覚えるのに何年かかったと思うんだ"という心理なのだろう。しかし、これが不思議なもので、引き出しは吐き出さないと新しい中味は蓄積されない。つまり、いくら素晴らしい能力もそこで打ち止めということ。
「部下を育てる」ことは、「自分が育つ」こととイコールなのだと・・・・・・・そこに気付ければ。
2005 / 9 / 11
上司であれば、そりゃ部下よりも仕事ができなきゃならない。しかし、現実には上司よりも優秀な部下もいる。 そのことに気付いている上司であればいいが、そうではない場合に困る。"俺がなんとかしなければ"と、ひとり力む。そうすると、部下の「やる気」という思いを削いでしまう形になる。
いずれにしても、「人を当てにする仕事」をしなければ部下は育たない。
"もっと育って欲しい"という思いをもてるようになってくれないだろうか。
切なる思い・・・・・・!
2005 / 9 / 10
最近の社員研修は事前に一人一問の質問を持って参加してもらっている。質問内容を見ると、その人の力量が見える。上辺で質問してきても答えたくない。難しいとか簡単とかという問題ではない。本音、本気でしてきた質問には、どうやって分かってもらおうかと悩む。
そして、普段の仕事の姿勢も質問に現れる。
2005 / 9 / 9
毎日を漠然と、時が流れるように仕事をしている。傍から見るとそんなふうに見えるが本人にはそんな意識がないようで、自分は一生懸命と思っているようだ。そのことを指摘すると、"ハイ"と口では言うが腹の中は"やってるじゃないか"と顔に書いてある。お前な、社員研修の質問もないほど優秀だってか?
2005 / 9 / 8
最近の社員研修は事前に一人一問の質問を持って参加してもらっている。ここぞとばかりに質問をしてくる人、何を質問しようと悩む人。この時点ですでに差がある。
仕事のできない人ほど質問に悩む。仕事ができないのにである。当然そうなのだろう。問題点が見えなければ疑問などあるわけがない。
2005 / 9 / 7
先日、盛和塾「札幌」の一泊例会があった。本部から来ていただいた福井顧問がこんな話しをしていた。『10年前に入塾したときに年商5,300万、従業員3人が、今期170億の年商になっている塾生さんがいます。その方は"追っかけ"で、コンパの度に塾長に質問をして、その内容を会社に持ち帰って社員のみんなに話をしたようです。そして、そのメモが何冊にもなっているようです。』というような話しをされていた。
"すごい話しだなあ"と・・・・・・・・
稲盛フィロソフィーのすごさを感じる。塾長は、「フィロソフィーは会社を大きくする、立派にする」と何回も声を大にして言う。
それを目の当たりにして・・・・・・ほとほと感心する。
一方で・・・・・・・チクショウ!
