2006 / 6 / 30

「地味を一歩一歩積み重ねる」というフィロソフィー。いかにも簡単、何の難しさも要しないことを一歩一歩積み重ねる、それができない。
できないのは、自分が崩れ落ちる怖さを知らない、見えないからではないか。「堕落」という認識も持たせない程度の地味なことだから・・・・かな?
しかし、例えばちょっと遅刻をする人を見過ごしていると回数は徐々に増え、時間も徐々に増えていないか?その人は約束事も徐々に守られなくなっていないか?その他にも・・・・・・・・
徐々に周囲からの信頼は失せていき孤立へ向かっていないか?
自分にこだわりがあればあるほど空回りして周囲と協調が益々とれなくなる。そして益々、孤立へ・・・・・・・・ではないか?
崩れ落ちる先が見えないか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2006 / 6 / 29

ついつい自分をあまやかす。ついつい自己都合の経営判断。"まあ、ちょっとだからいいか"という判断が今度はそれが新しい判断機軸になる。それは以前より楽な行き方。その新しい判断機軸からまた、"まあ、ちょっとだからいいか"という判断をする。それがまた新しい判断機軸になる。それはその前の前よりかなり楽な生き方。
罪の意識も無く、どちらかというと無意識にそうやって繰り返す。
しかし気付いたときにはもう元に戻せない。それはもう「人柄」になってしまっているから。
塾長はプロペラ付きの自転車の例えで表現する。人間は常にエネルギーを足していてはじめて宙に浮いていられる。ちょっとでも油断して休もうものならたちまち引力に引かれて地に落ちる。「堕落」という引力に引かれる、それが人間。"そうはなりたくないなりたくない"と自分に言い聞かせてようやく浮いていられる・・・・・・・・・と、自分に言い聞かせる。

2006 / 6 / 28

「オレは前よりがんばっている」「私は少しだけどグチをこぼさなくなった」、一見良さそうに思えるこのセリフ。
実はこれは自分のいたらなさのほうを許していることではないか。そして、これではいつしか元の木阿弥になりそうな気がしてならない。
「がんばっている」は『誰にも負けない努力をする』という絶対的な物指しに対して果たしてどうなのか?「グチをこぼさなくなった」は『責任転嫁をしない』という絶対的な物指しに対して果たしてどうなのか?ということが大事なのであって、どれだけ進んだかというところに目線が行くことに問題がある、のではないか。視点が違うのではないか。
つまり、『比較対照物に対して成長した』という考え方のスタンスに間違いがあるのではないか。
自分をあまやかせばあまやかすほど『比較対照物』のバーは下がり、いつしか元の木阿弥になりそうな気がしてならない。

2006 / 6 / 27

自戒。
朝、なんとしても自分に檄を飛ばし言い聞かせる。すると今日一日の物指しが意識の中に存在する。いつもより高いモチベーションで仕事ができる。が、しかしまだまだ。
仕事帰りの車で、今日一日の物指しと対比する自分がいる。翌日の朝、昨日の物指しとともに目覚める。また自分に檄を飛ばす。
好循環サイクルに入るまで延々と繰り返す!

2006 / 6 / 26

自戒。
自分自身の行き着く先に執着がなければ、いつしか気付かぬうちに流される。知らず知らずのうちに。
意図して自分に言い聞かせる、オレのようなものはこうでもしなければどうにもならない。
朝風呂のなかで自分に檄を飛ばす。目覚めの悪さと意識の低さでなかなかその気になれない。それでも何度も自分に言い聞かせる。その気になるまで湯船を出ない。ようやく"ヨシ!"となればザブ〜ンと立ち上がる。
さあ!いざ出陣!

2006 / 6 / 25

いつの頃だったか覚えていない。しかし20代からずう〜っと自分を戒める自分がいた。思い起こせば確かにそんな自分がいた。ちょっとでも怠けようものなら自分自身を厳しく叱った。ひとりになれば、"バカヤロー!"と言って椅子を蹴散らし自分を怒鳴りつけたことが幾度もあったと記憶している。"ガァー"と意味不明な雄叫びで両手で頭を押さえつける自分もいた。
思えば、年令とともに減っていったように思う。それでも40歳頃まであっただろうか?
今、そこまでの自分がどこにもいない。
50を過ぎて少しはマシになったっていうつもりか、お前は。稲盛塾長でさえ一人になれば、"神様、ゴメン!"とつぶやいてしまうという。
口ばっかりの自分・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2006 / 6 / 24

社員研修等で仕事や人生の「あり方」を話す。それがTOPとしての自分の役割だと思っている。今はそれが最大の役割だと思っている。しかし、何度も従業員に話しているうちに、自分はさておいといてエラそうに話している、そんな自分にはたと気付いた。なんてこった!!!
お前はどうなんだ?自分自身を厳しく見つめているか、どうだ!?と問うてみた。
知らず知らずのうちにドツボにはまっているではないか。
先ずは自分自身を高めることだ。役割は役割としてやらなければならないが、それ以上に自分を厳しく自戒することだ!

2006 / 6 / 23

例えば、「素直」というフィロソフィーがある。それを朝礼や夕礼で話し合う。"素直って本当はどういうこと?"みたいに。すると、"そうですよね、私ももう少し素直になりたいと思います。だけど私って、ちょっとひねくれてるところがあるもんだから・・・"、こんな答えが返ってくることもしばしばあります。
あるとき気づきました。
まてよ、それって半分自分を容認しているってことじゃないか?半分自分を許しているってことじゃないか?だから、何度も「素直になりたい」と言って置きながらそれほど変わり映えしないんじゃないか?
「前よりは素直になったと思うよ」と言うのは、いたらない自分を半分許していることではないか。
考え方の視点が間違えている、と気付いた。
「素直」という物差しがあり、それに合うように努力する、ただそれだけのこと。
大きな気付きだ。

2006 / 6 / 22

ユーモアを企業に取り入れようという番組をNHKでやっていた。つまり「ユーモアで売上を上げよう」ということだ。
ユーモアのセンスってなかなか難しいかもしれない。よくよく我が社を見渡してみれば、ヘタなダジャレでも言える人間って何人もいない。ところがそんな人間がひとりいると周りの空気はなごやかだ。
みんな!
オレについて来い!オレはその道のプロ、元芸人だ。したがってオレのジョークは天下一品だ。
なに!?文句ある???
分かった、分かった。お前だけは別格だ。お前はジョークの使いすぎ。お前はそんなこと考えてる暇があったら、もっと仕事のことを考えろっつうの、イワサキこの!

2006 / 6 / 21

浅草、青春を過ごした街。東京出張の折、時間があったので立ち寄った。チョンマゲ喜劇の劇団員時代、10人収容のスナック経営時代、純真な同棲時代・・・・・・すべてがままごとのように楽しくよみがえる。路地に入れば、この街にバブルはあったんだろうかと思うほど・・・・もしかしたらあの頃とそれほど変わっていない。ひとりニヤニヤ歩く。
それにしても・・・毎日毎日同じ道を・・・・毎日毎日歩いていたんだ・・・・・・
なんと行動範囲が狭かっただろう・・・・驚くほど狭い。
ふと思うと今の自分も・・・・・。我に返り、反省!

2006 / 6 / 20

よく読んどけ! って?
いつそんなこと言った?ちゃんと会議の日までどこをどう直したらいいのかチェックして会議に臨むように、って言っただろう。そんな、「読んどけ!」だけの簡単な指示をしていないだろう。
事にはすべて目的がある。なぜ、そのことをするのかという目的がある。それを理解しようとしない。言葉だけを鵜呑みにして伝える。
聞き取る力。伝える力。あゝ、うまくいかない伝言ゲーム・・・・・・・・・・・・・・

2006 / 6 / 19

そんな判断の仕方でどうする!?
お前は年商億単位の舵取りをしているんだ。それをだ、そんなうつろな聞き取りでどうやって正しい判断ができるって言うんだ。
業績とはお前が判断したことが集積されていくんだ。"オレひとりですか?"ってなんだ、そのセリフ!そんな程度の姑息な根性でどうやって全体の舵取りをするんだ。「オレがみんなのために」というスタンスでなくてどうする。
事実、お前の出した答えが正解になっちゃうんだろうさ。その答えが指示という形態に変わって伝わっていくんだろうさ。だったら、もっと有意注意をはたらかせろ!それがお前を進歩させる絶対法則だ!

2006 / 6 / 18

オレは寂しくなるんだよね、非常に。人の気持ちが離れるほど寂しいことはない、そんなタイプなの、オレって。
だからっていうわけではないけど、オレはやってないと思うよ、「・・・しながら聞く」っていう相談の受け方。たぶん・・・・たぶんだけど。
お前のはオレからみたら、頭の中は部下の対応で半分、目の前の仕事に半分、みたいな感じ。どう考えたって注意力が散漫になっている。
常々、有意注意だ!って言ってるだろうよ。
どれだけ真剣に聞いてくれるかで部下が信頼してくれるんだと思うよ。普段から口先だけで、"みんなからもっと信頼されるように・・・・・"なんて言ったって、こんな何気ないときにお前の本性が現れる。
そして、部下はそれを見ている!
どうだ?怖いか?

2006 / 6 / 17

いっぱい信頼できる上司の下で働きたい、そう思っているはずだ、部下というのは。
お前も普段から、"みんなから信頼されて、なんかいろんなこと相談されるようになったらうれしいですね"って言っている。・・・・・言ってるよな!・・・・・・
なのにお前のその態度ときたらトンでもない話しだ。だって、パソコンに向きながら質問に応えるとか、包丁を持ちながら相談に乗るとか・・・・どう思うそれって・・・?・・・・ん?
もしお前が逆の立場だったら、そんな上司に相談するか?そんな気になるか?・・・・ん?どうだ???
オレならならない!
だって「ついで」のように相談にのられても・・・・・
わざわざ手と止めて、正面を向きなおして、真剣にオレのために聞いてくれているって感じたときに、"ありがたいなあ"って思っちゃう。
オレならお前みたいな奴に2度と相談しない。

2006 / 6 / 16

いつオレがそんなこと言った!?
こんなことが立て続けに2回あった。恐ろしいもんだ、TOPというポジションは。うかつに間違えて答えたもんなら見事に真に受けられ、悪いことにこんな伝言ゲームだけはなぜか正確に伝わる。普段の大事な業務連絡はいいだけゆがませるくせに。
言っとくけどオレなんか普段から結構有意注意をはらってみんなに接しているつもり。
そんなオレでさえそうなんだから、お前なんかもっともっと細心の注意をはらって指示を出さないと誤解を招くに決まっているだろ!ん!分かったか!ホントにか!ってなんでオレ、こんなエラそうに言えるの?

2006 / 6 / 15

・・・しながら人の話を聞く。もしかしたら誰もがやる何気ない風景???
上司は休憩時間を利用してなにやら書類の作成中である。同時に休憩中のパートさんからささいな相談を受けている。
書類に書き込みながら相談に乗っている。 "ん。""ん。"ってうつむきながらのうつろな返事・・・・・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんなことはやってはいけない!手を止めて、気持ちも書類から離し相談に集中する。そうでなければダメだ!
「・・・しながら聞く」なんてロクなもんじゃない。ましてや部下からの相談事。たとえ休憩中であろうがなんであろうが。どう考えたって注意力が散漫になっているに決まっているじゃないか!なにか困っているから相談しているんだろ。なぜ、もっと親身になれない。
なにか?相手を見くびっているのか?失礼極まりない!

2006 / 6 / 14

緊急指令を出した。
全員でWCを観戦しろ!
みんなで盛り上がれ!早番も休みの人も、パートアルバイトの人も全員で呼んで盛り上がれ!
まだ慣れない新人も、あまりしゃべらないアイツも、ちょっと斜に構えるアイツも。
いいんだな、この盛り上がりは。気が合う合わない、好き嫌い、そんな感情を超えて一緒になるのが。
願わくば、勝ってくれれば狂気のように盛り上がったんだけど。
そして、『初戦突破祝い!本日オール100円!』なんて大盤振る舞いやったんだけど。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・負けたもんだからそんなこと言って、って、すいません、そのとおりです。

2006 / 6 / 13

盛和塾「帯広」の例会にお邪魔させていただいた。素晴らしい例会だった、僕にとっては。
東京から見えた堀口社長の話しに聞き惚れた。
稲盛塾長の教え、フィロソフィーをここまで理解し実践できる人、ただただ素晴らしい。自分を省みればなんという愚かさだろう。
しかし、大きな気付きをいただいたように思う。
なんと有意義な一日だっただろう。

2006 / 6 / 12

『思いには波動というエネルギーがある』
よく言われることだ。確かにそうだと思っている。
だってね、当たり前っちゃあ当たり前のコンコンチキだけど、『思いのない行動はない』わけだし、『思わない行動はしない』わけだし、『思うから行動する』わけだし・・・・・クドイ!・・・・・でしょ。
だけど、本当にそうなんだと思うんだよね。『先ず、思う!』ところからすべてが始まるわけだから。
塾長からよく言われるんです。
『思い』というものを大事にしていないと・・・・・・どんな偉業も先ず、思うところからスタートしている・・・・って。

2006 / 6 / 11

ボクは思うんだよね。
自分がそうだからっていえばまた反感買うかもしれないけど、『どうしても!っていう思い』が先にあって前へ進むんだと。周辺にいる人にはちょっと激しすぎて迷惑かもしれないけど、正義と大儀のある激しすぎる『思い』だったらなんとか分かってくれると思うんだよね。
だからネ!
伝えたいことの『思い』の方がつんのめって先に出て、言葉が後から焦ってついてくる・・・・わかる、このイメージ。
どんな話し上手より、どんなに話し下手であっても・・・・まず、『思い』を感じてもらうことでしょ!

2006 / 6 / 10

先日のボイスメールでの社員の語り口。瞬間にムッとする。
伝えようとしていることに『思い』が無い。こういう形だけの行為に敏感に反応する。特に人の上に立つ人間ともなれば尚更。
もし新参の上司なら確かに伝える能力にかけるかもしれない。しかし、『思い』はあるだろう。こんな仕事がしたい、お客様にはこうでなければイヤだ、こんなようなことが。確かにお前に実績はないから説得力にかけるかもしれない。しかし!だけど!『思い』はあってしかるべきだろう。
それ以外にお前になんの説得力があるって言うんだ!

2006 / 6 / 9

あのさ、変な言い方だけどしゃべることを目的にしゃべっているってときあるじゃない、役割とか立場で。
そういうの聞いててムカつくときってあるんだよね。
ボクはね、自分に『思い』が乗らないときは話しをしないようにしているの。朝礼でもコンパの席でもなんでも・・・・・・・・形だけでしゃべるってことは極力しないようにって心がけているの。だって、『思い』の無い話しをしてもなんにも感じてもらえないから。そういうのイヤなのボク。だけどやるじゃない、お前は。聞いているほうは右から左へただ流れているのに。
それで感じてる?それで分かってる?相手は。

2006 / 6 / 8

「あいつは何度言っても分からない」って困った顔をしている部門リーダー。
それはね、同じ事を同じ言葉で繰り返しているからじゃないの?
母さんの小言じゃないんだから同じことをおんなじに話しても耳にタコだろうよ。・・・だろう?・・・・・・・・自分もそうだっただろう?
切り口を変えてみるの。
違う言葉でおんなじことを何度も伝えるの。何回も切り口を変えて話しているうちに、ん!って顔をするときがあるかもしれないから。
それはね、『つながる』んじゃないの、切り口と切り口が。

2006 / 6 / 7

人の弱みにつけこみたがる奴、確かにそんな奴がいます。しかし部下という立場ではありません、上司という立場の人間のことです。最低って思います。卑怯極まりないって感じです。
それまで部下という立場にいたときにはさんざん上司に文句を言っといて、自分が上司になった途端に部下の心を忘れる・・・・だけどこれって一般的のようです。
上司という自分。自分は相手より強いと気付いた瞬間から今まで以上のやさしさが必要だと思うけど・・・・・・・
気付いていないんでしょうね、たぶん・・・・・・だって乱暴だモンね、その態度、その言葉遣い。失礼だと思うもん・・・・・
それにさ、なにも上司という立場だけでのことを言っているんではなく、女より男、後輩より先輩、パートより社員といろんなところにあると思うんだけど・・・・・・・だからさぁ、お前も、お前も、お前もさ・・・・

2006 / 6 / 6

自分の弱さを部下に見せると、そこに親近感を感じてそんなところから信頼関係が生まれ始めたりするんじゃないかと思うんだけど、だけどそんなことをしたら、そこを突かれるって思っているんじゃないの?
だって自分のことを暴露するとうまくいかないという人もいるもんね。調子に乗ってドンドン入り込んでくる人がいるからネ。そうだよね、確かにそんな人いるよね。
だけどそれって自分を見透かされるのがイヤだっていうことでしょ。要は、見透かされる程薄いってことでしょ。素直に認めなさいよ。"上下の関係を理解できない奴は力で教えてやったほうがいいんだ"・・・・・まぁまぁ、そうカッコつけないで。
仕事に対して、もっと大きな大儀、正義があれば、そんなに目くじら立てなくても大丈夫。

2006 / 6 / 5

だけどボクは人一倍人見知りするので社外ではほとんど自分から話しかけられないんだよね。
だから"近寄りづらい人"って言うイメージがあるみたい。決して褒められたことじゃない、と分かっている。
だけど調子よく誰にでもひょこひょこ話しかけるよりはまだいいでしょ・・・・・・・ハイ、すいません。言い訳です。

2006 / 6 / 4

変な言い方だけど、堅物の上司の弱さを感じたらなんか親近感がわくでしょ。それまで、"なんかエラそうな人"、"なんか近寄りがたい人"って思ってたのが、"あゝこの人もオレとおんなじなんだ"って思った瞬間、なんかその人が近くなったりするじゃない。特にキレモノの上司なんかのときに。
職場の人間関係ってこんなことが必要なんだと思うんだよね。意図して自分の弱みを見せられるようになれればって。
"あゝそれ分かります"って誰がお前をキレモノって言った!?

2006 / 6 / 3

どうしたらもっともっと、もっともっとの二乗くらい信用してもらえるのかと日々思い悩む。だって信用していない人に指示命令、もしくはフィロソフィーなんか説かれても「口からでまかせ」の単なる薄っぺらい知識のようにしか受け止めてもらえないから。
信用もしていない会社に存在しながらする仕事、ろくなもんじゃない!
そんなの能力を見せびらかして自分のできを主張するか、時間稼ぎの給料泥棒のような仕事のどっちか。
だから自分の弱みをそのまま見せることにしている。
全部が全部という勇気はないが極力。そうすると、"あゝこんな人"って安心してもらえるかなって、信用してもらえるかなあって。

2006 / 6 / 2

ホームページに自分の略歴を書いてある。ありのまま、あからさまに。
今年入社の新卒社員が言っていた。"実は去年、就職活動を始める前から花まるのホームページを見ていたんです。そしたら、社長は小学校のとき、おしっこ洩らしたとか、高校生のとき赤面恐怖症だったとか書いてあって、冗談でおもしろおかしく書いているんじゃないかなと思っていたんです。ところが、入社してみると研修のときなんかにそのまんまのことをしゃべるので冗談じゃなかったんだと・・・・・"ってなことを話すんです、酒を飲みながら。
えゝ、もしかしたらこの文章もつくろって書いていると思っている人がいるのかも?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どうしたらお客様は、従業員は、経営者、会社というエゴの固まりのような存在を信じてくれるんだろう・・・・と事あるごとに悩む訳です、ボクは。
だからできることといったら「できるだけ正直に」、これくらい・・・これもひとつ・・・・・・といってもホント〜?ってまだ信じてないでしょ・・・・・・・・・お前もか?カタイ。

2006 / 6 / 1

この『店主のたわごと』の、とある読者曰く、"清水さんの話って最後はなんかジョークで終わらせようとしますよね"
そうです!青春時代、私は落語家出身・・・・・・・・ではなく落語家志望で門前払いを受けたという輝かしい経歴の持ち主です。
挙句の果てに、"しようが無いからまぁいいか"ってな調子でチョンマゲ喜劇の劇団員になったという輝かしさに輪をかけた人物です。
というわけで、どうも話しの終わりに『落ち』を欲しがる、どうしても。従って、簡単な文章も最後の落ちを考えてオチオチ寝てられない、なんて・・・・・んなレベルの低いダジャレで締めくくったりしません。
それじゃあ、中味の無さをジョークで補っているって?・・・・なんちゅう失礼なこと言うんだ、コノ!